2023年12月18日 更新

専門家にならず、幅広い視点を持つべし。ロボット工学のトップランナー石黒浩が語る、これからの時代の生き方

2006年7月20日、実在人間型ロボット『ジェミノイド』が発表されました。開発者である石黒浩教授と瓜二つのその姿は、人間型ロボットの登場を予期していなかった世間に大きな衝撃をもたらしました。翌2007年には英国のコンサルティング会社Synecticsに「世界の100人の生きている天才」として選出。その後も卓上サイズの会話ロボット『CommU』や遠隔でコミュニケーションを行う『テレノイド』『ハグビー』など、数々のロボットを世に送り出してきました。

2021年には「アバターで人類を進化させる」をビジョンに掲げたAVITA株式会社を設立。

時代の最先端を走り、自らトレンドを生み出し続ける石黒教授にお話を伺いました。

人間とは何かを追い求めて生まれたロボットたち

――石黒教授と言えば、ご自身を模したアンドロイド=ジェミノイドが知られています。生身の人間に限りなく近い外見のインパクトで驚かされますが、開発のきっかけについて、お聞かせいただけますか。

研究室に鎮座する石黒教授のジェミノイド。

石黒浩教授(以下、石黒):子供なりにガンダムのようなロボットアニメを見てはいましたが、特に興味を持っていたわけではないですね。興味があったのは、人間とは何なのかということです。今こうして喋っている『自分』とは何者なのか。どのようなもので、どうやって在るのか。子どもの頃から気になって仕方がない。我々の時代はコンピュータやインターネットが急速に発展していった時代でした。本当は絵を描いて生活していきたかったけれども、食べていくためにコンピュータを勉強しだすと、コンピュータは人間の脳に近い要素があるぞと分かってきました。そこからAIを研究したものの、肉体がないせいか、なかなか賢くならない。じゃあ、ロボットやアンドロイドだとどうなるのか、徐々に今の研究分野に入っていきました。

――人間への探究心ゆえに、ジェミノイドが作られたのですね。

石黒:まさしく、人間とは何かを追い求めていく過程の一つですね。ロボットについて研究していると、見かけについて周りが色々口を出してくるんです。そこまでみんなが言うなら、見かけに大きな意味があるはずだと作ってみたのがジェミノイドです。ジェミノイドを見た人たちは、僕と瓜二つだとか、存在感が僕と変わらないだとか、色々なことを言うんです。彼らの中で、ジェミノイドとの関係性が生まれているわけです。そこに人間性を定義する要素があるのではないか。そんな風に物事というのは、深く考えていくと色々繋がっていくわけです。

――人間が「抱く」ことでコミュニケーションを生むハグビー(存在伝達型メディア)のようなロボットもありますが、ジェミノイドと比較すると外見が大分簡略化されています。これはどのようなアプローチから生まれたものなのでしょうか。

石黒:ジェミノイドは気持ち悪い、人間の形をしたものと喋りたくない。そんな反応が少なからずありました。ジェミノイドから人間らしく見える要素を削ぎ落していって、必要最低限の見かけにしたのがテレノイドです。テレノイドにはカメラとマイクが搭載されていて、遠隔地から操作することが可能です。高齢の方や自閉症のお子さんはテレノイドだったら会話できる、というケースが多かったですね。ジェミノイドもリモートで操作可能で、出張授業もやっているわけですが、あくまで代打であることをはっきりと認識している。でも、年齢性別不詳のテレノイドだと、自分の想像力だけで関われるので、ジェミノイドとは異なる関係性を構築できるわけです。

レノイド。目鼻口があり、人間の顔と認識できる作りに。ハグビーは顔の造形がオミットされる。

――テレノイドから表面的な人間性を更に削ぎ落したのが、ハグビーなんですね。

石黒:ハグビーに通信機能やスピーカーはなく、頭部に携帯電話を装着することでコミュニケーションを行います。単純な抱き枕ではありますが、クッションの形や材質は人間性を感じられるようにデザインしてあります。人のような抱き心地に、耳の辺りから届く声。これだけでも、人の存在感を感じ取れる。安らぎを得られるわけです。これは個人の錯覚ではなく、実際にコルチゾールが減少したという結果も出ています。じゃあ、脳のどの部位が影響してハグビーを人と近しいものと認識しているのか。なんて疑問も出てきます。僕の研究はそんな風な連鎖の連続です。
※副腎皮質から分泌されるホルモン。ストレスホルモンとも。

――ありがとうございます。一つの命題を突き詰めることで、次々と疑問や課題が見つかり、そうしたものへの探求心がアイディアへと繋がっていくわけですね。エンジニアにも参考になる部分があると思います

専門家ではなく、ジェネラリストたれ

―お話を伺っていると工学だけではなく、脳科学など異なる分野も横断した試みを行っていらっしゃるようです。

石黒:新しいことをやるのに分野は関係ないんですよ。分野というものは誰かが定義したものだから、その時点で古いんです。そもそも、分野にこだわらずまだ見ぬものを追求していくのが研究です。これはビジネスでも同じことで、模倣から本当に新しい事業は生まれないでしょう。

――事業の話が出たのでお伺いしたいのですが、チームを上手く機能させ、アウトプットを生み出すために心がけていることがあれば教えていただけますか。

石黒:突き詰めたい問題は何かを共有することですね。気分で仕事や研究をするのではなく、この命題を解決していくんだという共通認識を持たなければならない。個々人の能力や得意分野は異なりますが、基本問題に軸を据えて幅広い研究をしていれば、自分の力を活かせるタイミングが来る。共通認識を持つことはもちろんのこと、個人の能力が発揮できるような体制を持っておくのは大事だと思っています。

――会社の経営と似ている部分がありますね。

石黒:似てはいますが、研究室は育てるという部分が非常に大きいんですよ。それもただ育てるのではなく、幅広い領域でやらせてみる。特定分野に特化すると、広がりがなくなりますからね。総合力を伸ばして、どれだけ新しいことが出来るかが大事です。

アバターで人間の可能性は広がるのか。AVITAの取組み

――視点を凝り固まらせないという点では、ビジネスにも通じるものがあるように思います。せっかくなのでビジネスの話をお聞かせいただきたいのですが、アバターで人間の可能性を広げていくためのAVITAという会社を2021年に設立されていらっしゃいます。人型のロボットはまだ遠い世界のように思えるのですが、VTuber の台頭でアバターは身近な存在になってきた印象があります。AVITAでは、アバターをどのようにビジネスに活用しているのでしょうか。

ローソンで導入されている「AVACOM」

石黒:VTuberもある意味ではビジネスだと思いますが、AVITAはもっと間口が広いですね。AVITAが提供している『AVACOM』はアバターのオンライン接客サービスです。今、色々なECサイトでチャットサービスが導入されていますよね。あれはテキストのやり取りなので、面倒くさいし、正直味気ない。でも、アバターは口頭でコミュニケーションが取れるし※、生身の人間の顔を見るわけではないので気軽さもある。ビデオ通話よりも効率が良く、導入している保険市場というサイトではアバターがコンサルタント指名率1位にもなりました 。

専用ページからアバターに相談することが出来る。リアルタイムの相談と予約相談の二種類がある。

――サービスを使用している企業の従業員が、アバターの裏側にいるわけですよね。つまり、知識さえあれば、いつでもどこでもアバターを通して仕事が出来ると。

石黒:アルバイトは勤務地によって賃金格差がありますよね。例えば、時給の安い地方の方がアバターを通して東京で働けば、東京の時給で働ける。店舗に縛られる必要もないから、掛け持ちも容易です。通勤時間もないから、隙間の時間を上手く活用していくと、生身よりも稼げてしまう。体調が安定しない、あるいは身体が不自由 な方が自宅から仕事が出来るというメリットもありますよ。

社会課題を見つめ、能力を研鑽することで、キャリアは磨かれる

――ありがとうございます。これまでロボットやアバターについてお聞かせいただきましたが、連日様々な媒体で取り上げられているAIについて見解もお聞かせいただけますか。

石黒:色々な使い道があると思いますね。ジェミノイドには私のAIが搭載されていて、これまで書いてきた本の内容がインプットされています。だから、ジェミノイドに講演を任せることも多々あります。答えられそうにない場合にだけ、私が出ていけばいい。AVITAでは、AIでロープレを支援するサービス『アバトレ』を提供しています。ロープレ相手であるAIが話し方の良し悪し、要点を伝えられているかなどを評価してくれる。AI相手にトレーニングを積めば、いくらでもスキルがあがっていくわけです。

――人間の能力を成長・拡張・補完するためのAIという捉え方も出来るのですね。一方で、AIを忌避する声も小さくはありません。

石黒:重要なのは、新しい技術が受け入れられるタイミングなのかを見極めることです。アバターも実は2010年頃に大きなブームが世界中でありました。ただその時は、リモートワークが認められずに収束してしまったんです。ところが、コロナでリモートワークが一般的になり、見直されています。世の中が受け入れる準備が出来ていないと駄目なんですよ。技術が良ければ受け入れられるわけではない。この辺り、日本の企業はうまくいっていないですね。技術が先行して、社会と結びつけられないことが多い。電気自動車で思い浮かぶ企業はテスラですが、日産や他の企業はもっと前から開発していた。テスラの、世の中が受け入れるタイミングと一致していたということです。

――日本企業がタイミングをつかみ損ねる理由はどこにあるのでしょうか。

石黒:社会をどう変えるべきかという問題意識と、企業活動が重ね合わせられていないんです。ですが、アバターに関しては先を越されることがあってはならないと思っています。日本が得意とするCGのキャラクターの技術ですからね。

――社会課題と技術をリンクさせていかなければ、ますます取り残されていきますね。そのような状況下の中で、エンジニアはどのように働いていけばいいのか、アドバイスをいただけますか?

石黒:今の日本は終身雇用制度が意味をなさなくなって、キャリア重視へと移行している最中です。そんな時にエンジニアに重要なのは、新しい経験を積んで仕事の幅を広げていくことだと思います。 会社が一生面倒見てくれる時代は終わったのだから、自分の能力で渡り歩いていく。会社に甘えることなく、キャリアを磨いていくことですね。

――ありがとうございます。最後に、ご自身を「色」で表現するとしたら何色になるのか、お聞かせいただけますでしょうか?

石黒:黒ですね。僕の服を見てください。真っ黒でしょう。人の見た目で重要なのは、服。アイデンティティの一つなんですよ。だから、服装をころころ変えるのは、僕からしたら妙な話です。僕は家の中でも外でも、服は黒一色。同じ服のストックを沢山持っていますよ。考えなくていいから、効率的じゃないですか。その分、他のことに時間使えます。

石黒浩/いしぐろひろし(ロボット学者),滋賀県生まれ
ロポット工学者.大阪大学大学院基礎工学研究科教授(大阪大学栄誉教授),ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー),ムーンショット方研究開発制度プロジェクトマネージャー,大阪関西万博EXPO2025テーマ事業プロデューサー,AVITA株式会社CEO代表取締役.遠隔操作ロボット(アバター)や知能ロボットの研究開発に従事.人間酷似型ロボット(アンドロイド)研究の第一人者.2011年,大阪文化賞受賞.2015年,文部科学大臣表彰受賞およびシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞受賞.2020年,立石賞受賞.