2022年6月2日 更新

color is コラム #1 ~重要なのは最先端だけじゃない 過去のトピックスも忘れないで~

日々変化するトレンドをチェック。ひとつひとつのトピックスを理解し続け、エンジニア仲間と共にライトニングトーク。自ら学び続ける行動習慣を身につけることが重要。

Tech業界で生きていくということに対し、そのようなイメージを持っている人も多いかも知れません。

私自身がこの業界に入って15年くらいになります。もちろんそういった行動習慣があることは、テクノロジーを愛しているGeek気質の人にとっては当たり前だし、SNSやニュースサイトで取り上げられるさまざまな情報をキャッチアップしていくことは、呼吸をするかのような行動でもあるのかなと感じることもあります。

ただしかし、本当にTech業界に関わるすべての人が、そのように情報収集をし続けるということに知的好奇心を持ち続けることができるのかな、と、少し考え込んでしまうこともあります。

もっと気軽に、肩の力を抜いて、そういった情報とうまく付き合っていくアプローチがあれば、義務感のようにITトレンドを追いかけ続けることもなく、良い関係性を長く続けていけるのではないでしょうか。IT疲れして、Tech業界を離れてしまう人って、けっこう多いんですよね。

最先端のトピックスを愛でるよりも、過去のトピックスを忘れずに覚えていてあげること。

そんな向き合い方を、お伝えしたいと思います。


ガートナーという、IT分野におけるさまざまな領域の調査・分析を行っている、世界的に有名な企業があります。テクノロジーやマーケットについて多くの調査結果を公開しており、みなさんも気付かないうちに目にしているはずです。

そんなガートナーが年に1回、ハイプ・サイクルという図を公開しています。これは、特定の技術がどの程度成熟してきていて、世の中に出回るようになってきているのかを時系列に表現したものです。例えば以下は、2020年度のハイプ・サイクルとなります。

Gartner (2020年9月)

出典:Gartner (2020年9月)

左側にある技術ほど、新しく誕生したものであるといえます。特に『黎明期』にあたるものは、新製品発表やその他のイベントが報道され、関心が高まってくる技術であり、まさに最新のITトレンドであるといえるものになります。

これらの単語を見て、みなさんはどう受け止めたでしょうか。『幻滅期』あたりのトピックスであればまだしも、きっと『「過度な期待」のピーク期』より左側にあるようなトピックスの意味を、しっかりと認知していて、他の人に説明できるほどに理解している人は、そんなに多くないのではないかと思います。

こんな言葉も、きちんとキャッチアップしていかないといけないのか、と思うと、すこし身構えてしまいますよね。

それでは次に、時間を10年ほど遡って、2009年度版を見てみましょう。
これだといかがでしょうか。特に『「過度な期待」のピーク期』より左側のトピックスに注目してみてください。

出典:Gartner (2009年9月)

出典:Gartner (2009年9月)

インターネットテレビってNetflixやAmazon Primeのことだし、モバイル・ロボットは在宅勤務中に足下にぶつかってくるお掃除ロボットだし、まさにこの記事を電子書籍リーダ(iPadなどのタブレット)で読んでいる…

実際に身の回りで実用化されているサービスやプロダクトで、みなさんこれらのトピックスを説明できることでしょう。多少、当時のその言葉とは違った身なりになっていることもありますが。

裏を返せば、さっきよくわからなかった2020年度版の単語も、10年経つと身の回りに満ちあふれた言葉になっている可能性が高い、ということです。

最先端のトレンドを追うことは大事です。ただしもっと大事なことは、「そういう技術がそういえばあったな」と忘れずに覚え続けていることだと思うのです。旧知の仲の友人をふと想い出すときのように。そしてその技術は、あるとき、突然あなたの目の前に姿を現します。当時とは違った出で立ちで、だけど中の本質はそれほど変わらずに。


ニューラルネットワークという技術があります。生物の神経細胞をモデルとし、人間の脳内の動きを再現した手法です。関数という、ある入力値に対して出力値を導く計算の仕組みがありますが、このニューラルネットワークを用いると、シンプルながらもさまざまな入出力関係を表現することができるので、いわゆる人工知能を研究するうえで、とても大きな注目を集めました。1950年代ころから研究が始まっており、コンピューターとほぼ同じ歴史の長さを持っていることになります。

1960年代以降、幾度となく研究のブームが起き、そのたびに世の中にセンセーショナルを巻き起こしました。その機運が盛り上がるごとに莫大な研究開発費が投じられ、多くの研究者やエンジニアが基礎研究や製品開発に取り組みました。これらの研究開発活動を通じ、一定の成果は上がってきましたが、やがてあるレベル以上の飛躍的な進展が見られなくなると、やがてその技術は多くの人からは忘れられ、時には悲しいことに見放され、コンピューターサイエンス関係の学会においても主要な研究トピックスでは無くなっていきました。

しかし、一部の人たちは、ニューラルネットワークを忘れていなかったのです。ある研究者はブームが去ったあとも、粛々と研究を進めていました。そして2012年には、既存の手法からは考えられないほどの高精度で画像認識ができるようになり、2016年にはコンピューターが人間を上回るのは複雑性ゆえ困難といわれていた囲碁において世界チャンピオンを打ち負かすまでになりました。この技術こそが、ディープラーニングです。

一躍世界の注目を浴びたディープラーニングですが、その本質は昔から研究され続けてきたニューラルネットワークでした。そしてある日突然、世の中の人たちの前に姿を現したのです。当時とは違った出で立ちで、だけど中の本質はそれほど変わらずに。

そんな背景を知らない世の中の多くの人たちは、画期的な未来の技術が出てきた!と大騒ぎをしました。ディープラーニングに人類は支配される、なんていう脅威論までが週刊誌を賑わすほどに、世間に大きなインパクトを与えたのです。

しかし、ニューラルネットワークを覚えていた人たちは、「久しぶりだね、元気だったかい?」と、長年会っていなかった子供時代の友人に再会したかのような懐かしさを持ったのです。だって彼は、見た目は変わったけれども(実際に、その計算モデルを表す数式はずいぶんと複雑になりました)、中身は昔から知っている同級生だったのですから。同窓会会場に端正な服装で颯爽と登場した4年2組の鼻垂れ小僧のケンイチくん(仮名)のように。

新しいトレンドを追い続けることは大事です。そして過去のトレンドを覚え続けて時々思い出してあげることも価値があります。みなさんにとって、ITトレンドとの心地の良い向き合い方が見つかることを願っています。

関連記事