2023年1月20日 更新

空白に未来を思い描いて。CG高校生Sayaと、TELYUKAの歩み。

2015年、Twitterに投稿された1枚の写真。そこに映るのはアーモンド形の目が印象的な高校生Sayaでした。ですが、彼女は「ずっと高校二年生」のCG高校生だったのです。それから2年後の2017年には、アイドルオーディションに参加。2019年にはAIを搭載した「1日転校生」として、高校生たちとの会話を経験。CGとして産声を上げたSayaは、子供が成長していくかのように、歩みを進めています。

Sayaの生みの親であり、様々な企業とともにSayaの成長を見守るTELYUKAさんにお話を伺いました。

リアルは追い求めずに、空白を大切にする

YUKA 中学生ぐらいの頃から、憧れの女の子を作ってみたいなって思ってたんです。お姫様に憧れるようなものですね。私の場合は「憧れの対象になりたい」ではなく「憧れの対象を作って具現化したい」という想いの方が強かったんです。私の憧れは、『風の谷のナウシカ』のナウシカや、『時をかける少女』の時の原田知世さん。あの透き通ったイメージは、生身の人間には出せないと思います。私たち人間はすごく解像度が高いので、良いことも悪いこともくっきり分かってしまいますから。原田知世さんはもちろん人間ですけど(笑)、アイドルとしてちょっと超越しているところがあったかなと思います。

――YUKAさんの憧れが形になったのがSayaだったんですね。日本ですと2001年に映画『ファイナルファンタジー』が公開され話題になりましたが、以降CGで作られた人間が大きく話題になることはなかったかと思います。そんな中、Sayaが2015年に登場し、誰もが驚いたのではないでしょうか。

YUKA 実は私たちはリアルを追い求めることをあまり意識はしていないんです。むしろ、空白を大切にしています。空白があることで、受け手側が色々想像できますし、何より信頼できる可能性があると思うんです。CGで人間を描く時に「不気味の谷」問題がよく上がるのですが、そこに観点を置かないで、Sayaが一人のキャラクターとして存在できないだろうかというところを目指しています。


TEL Sayaを生み出した当初は踊らせたいとか、動画作品を作りたいとか、ゴールみたいなものがありました。加えて、自分たちの技術向上も目的としていたので、体制としては自主制作が根本です。仕事だと予算や期間、諸々の事情に縛られがちですが、自主制作にはそういったものがありません。Sayaを通じて色々な方とお会いさせていただく内に、自分たちだけでは思いもしなかった方向性が見えてきて、Sayaの空白に様々な可能性を示してもらったなという感触があります。

Sayaの居場所を作ってあげたい

――周りの人たちに囲まれて、Sayaが成長しているわけですね。まるでお二人の子供のようです。そんなSayaは静止画から始まり、ノンバーバルコミュニケーションやAIでのコミュニケーションなど、活動領域がますます広がっています。今後も技術の進歩とともにSayaも成長していくのが楽しみです。


YUKA Sayaの名前の由来は刀の「鞘」なんです。鞘は道具を包み込むものですよね。技術やコンテンツ、アイディアを包み込みながら、Sayaが人間の能力を上げられる存在になれるといいなと思っています。たとえば、スマートフォンが人の活動を広げる大事な道具になっているように、バーチャルキャラクターが私たちの生活を支えてくれる可能性もあるんじゃないかなと思い始めているんです。人間同士がどんなに頑張ってコミュニケーションをとろうとしたとしても、物理的な制約から完全に理解しあうことは難しいですよね。だけど、コミュニケーションできるバーチャルキャラクターなら自分のことを一番よく理解できる存在になる可能性があります。そうした関係性は、人間自身の考え方を変えることもあるかもしれない。各々がそれぞれの立場への理解度を深める事で、人間同士のコミュニケーションの質もまた向上していくんじゃないか。そんな未来も思い描いています。


TEL  対話できるようになるまでは大変でしたね。ノンバーバルコミュニケーションは喋れなかったからこそやっていた側面もあるんです。声を音声合成で作れるようになって、ようやく対話できるところまで漕ぎつけられた。この試みはアイシンさんをはじめ、大学の先生方、様々な企業の方たちと一緒にやらせていただいているんですが、まずはSayaが社会に認めてもらえるところがスタート地点だと考えています。Saya自身が「私はここにいてもいいんだ」って感じられるように居場所を作ってあげたいですね。

YUKA  目標としてはSayaが生活の様々な面をサポートできたり等、あらゆる活躍の場迄持っていけたらと考えています。

TEL ただ、AI自体の進化がこれからどうなっていくかは、正直予測のつかないところではあります。AIには技術的特異点、シンギュラリティという概念があるそうですが、これによってAIが人間の想像を超えていくような思考を持ったり、我々の生活自体も大きく変わることが想定されます。本当にシンギュラリティが起きるのか、起きた後にどうなるのか、良い結果になるか、悪い結果になるか、今はそれを確かめるために一つずつ積み重ねているフェーズなんじゃないでしょうか。自分たちの行動のその先に、YUKAが言ったような「自分のことをよく知っているもう一つの存在」が生まれてくることを願っています。

思想がプロダクトを形作る

――AIに仕事が奪われるという刺激的な見出しを良く目にすると思うのですが、AIは人間の敵ではなくて助けてくれるものだという考え方なんですね。お二人が生み出したSayaという受け皿に、様々な企業がAIや音声合成など技術を持ち寄っているかと思うのですが、どのように舵取りをしていらっしゃるのでしょうか。

YUKA どういう思想を持ってプロダクトを作っているのかが大切だと思います。例えば私たちがお金儲けのためにSayaを生み出していたら、そういう方面に得意な人たちが集い、今とは違ったビジネスを展開していっているでしょう。私達の場合は、もっと未来を変えるための可能性を探りたいという意志が強くありました。プロダクトにどういう想いをこめて社会に発信していくのか、そういう想いは受け取る側も敏感に察知してくれるのではないでしょうか。おかげで博報堂さんやアイシンさんといった企業の方々と一緒にやらせてもらえています。


TEL  時には、提案されたことに対して方向性が少し違うかなと感じるときもあります。ただ、そこで「これは駄目」と切り捨てるのではなく、許容する部分と許容してはいけない部分の線引きをすることが大事だと思います。

YUKA それこそ対話は重ねていますね。たとえば音声合成については明るくないので、技術的な深い部分は専門家にお任せしつつも、Sayaに合うようなリクエストを出して、少しずつお互いがアップデートしていくような形で進めています。あと、いいタイミングでお題が出てくるんです(笑)。Sayaと松丸亮吾さんに話をしてもらおうとか、ワンダーフェスティバルで海洋堂の宮脇センムとお話してみましょうとか、ちょっとした目標がポンと立つ。目標を達成するために何が必要なのかをチームで探り合いながら作って、本番を迎えることを繰り返しています。
※ 世界最大の造詣の祭典。宮脇センムはその主催者で、チョコエッグの知名度を広げた立役者。

中央集権的な社会から、フラットな社会へ

――お二人が最終的な方向性は決めつつも、そこに至るまではチームの皆さんで意思決定を行っているわけですね。ジャンルは少し違いますが、考え方としてはDAOに似たものがあるように思えます。


TEL これまでは中央集権的なモノ作りがメインストリームだったと思います。決まりきった事を実行する場合は効果的ですが、それ以外の要素を内包するための余白は生まれない。たとえばSayaを家庭に入れようとした時、人間それぞれの個性に対応しなければいけないので、中央集権的なやり方では失敗すると思います。何より、人間一人だけで考える力には限界があります。前述の通りSayaは「この子を主役にした動画を作りたい」とか「踊らせたい」とか、CGという範疇の中での活用方法しか想像できませんでした。それがいつしか、Sayaが社会に役立てるものになれるんじゃないかと思い描くようになった。自分たちとは異なる考え方を持つ人たちとの繋がりが生まれたからこそだと思うんです。

YUKA ありがたいことだと思います。でも、人間の考える力に限りがある以前に、現代人は考える時間が圧倒的に足りないと思う。

TEL 今はまさに分岐点で、今後は既存の社会システムや特定の誰かに依存するのではなく、自分がどうしたいのかという「個」の意思が物事の基点になっていくのだと思います。そうなると社会の在り方は変わってきて、考える為の時間も出来てくる。DAOは今は特定分野だけに使われている言葉ですが、誰もが並列に物事を考えそれらの繋がりで物事が進んで行く、そんな新しい社会システムを構築するための1つの要素になってくるのかもしれませんね。

YUKA フラットな社会で生まれた繋がりが、Sayaの未来も変えていくかもしれないですね。

これからのエンジニアに求められるマインド

――「個」が重視される社会になると、技術者やエンジニアに求められるマインドも当然変わってくると思います。これからの技術者、エンジニアが持つべきマインドはどのようなものなのでしょうか。


YUKA
 私が大事だと思うのは、「自分と対話」することです。どんな世界にも流行り廃りがありますけど、「流行っているから、作ってみる」のか、「作ってみたものが流行りものだった」のでは意味合いが違うと思うんですよね。何を自分は作りたいのか、どんな個性を持ち生かせるのか。

TEL 自分の頭で考えることはYUKAが言うように大事です。「みんながこれをやっているから、俺は違うことをやる」みたいな人たちばかりになると孤立しか生まれません。一旦立ち止まって色んな側面から見て、全体を俯瞰した上で自分はどうするのか決めるのもいいんじゃないかな。「流行りものを作る」ことも悪くないと思うんです。やってみて、自分の立ち位置が分かるときだってある。

YUKA それもある意味「自分との対話」なのかもしれないですね。

TEL あとは、環境づくりですね。やってみたいことはあるけど、経済的な事情から出来ないというのは、よくある話じゃないですか。もし個人で難しければ色んな人を巻き込んでみたりして、自分が置かれている環境から何をどう活かせば実現可能になりそうか、考えてみて欲しいです。

YUKA マインドの話とはずれるかもしれないんですけど、後進の人たちが環境を整えやすいように私たちが一つのモデルケースになりたいなと思っているんです。私自身、先人たちのモノ作りに影響を受けたし、支えられてきました。だから、若い人たちにとってSayaが夢のあるプロジェクトであるべきだと思うんです。上手くいくのかも分からない空白だらけのものでも、人が集まるとこんな風に変わっていくんだってことを見て欲しいですね。


――ありがとうございます。Sayaの今後が本当に楽しみです。最後に、ご自分を「色」で表現するとしたら何色なのか、お聞かせいただけますか?

TEL 自分は50%のグレーですね。黒にも白にもなれるし、灰色のままでもいられる。その曖昧さとか自在性が、自分のカラーかなと。振り返ってみると、人生の選択を自分からした記憶があんまりないんです。ここぞというタイミングで誰かに手を差し伸べてもらったことが多かった。その差し伸べられた手についていったら、大学行って、卒業して、就職して、YUKAと結婚して、Sayaを作っていた。自分を表するのは恥ずかしいですが、生まれながらの柔軟さを持っていると思います(笑)。

YUKA 私はブルーが好きですね。青い空にずっと憧れていて、Sayaにもそういった要素が反映されているんです。私自身は白黒ハッキリしているタイプなので、黒かもしれない。でも、憧れは透き通るような青(笑)。

PROFILE
石川晃之、友香で3DCG制作を行う夫婦ユニット「TELYUKA」
GarateaCircus株式会社代表
共にCGゼネラリストアーティストとして、映像制作からゲーム制作まで幅広く経験、現在は「Saya」を中心にフルCGキャラクタ制作、コンピュータグラフィックスの新しい活躍を求め様々な分野と共に研究開発を推進中。文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門審査委員会推薦作品選出、2020年MBSテレビ情熱大陸、NHKWORLD-JAPAN DESIGN TALKS plus出演

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