2023年4月11日 更新

空色の透き通った社会を目指して。「サグリ」坪井俊輔の挑戦

農業には、労働力問題やコントロールできない気象条件など、様々な課題があります。日本の農業においては農業従事者の高齢化に焦点が当てられますが、海外に目を向けると「農業以外の選択肢がなく、困窮し続けている」というケースも存在しています。さらには農耕地の管理状況も、国によって大きく異なっています。
農業は私たちの生活を支えてくれるものであるにも関わらず、真に近代化を果たしているとは言えません。そうした状況をテクノロジーの力で改善しようとするのが、アグリテックです。今回は日本のアグリテック企業の中でも独自のアプローチで次々と事業を展開するサグリ株式会社の坪井さんにお話を伺いました。

衛星のデータを活用して農業を変える

――サグリは衛星データを活用し、農耕地を「見える化」するサービスです。現在はその他にも新しいサービスを立ち上げられており、まさに事業がグロースしていくタイミングだと感じています。まず、サグリ立ち上げの背景や事業目的についてお聞かせいただけますでしょうか?

坪井:私たちサグリは、農業が抱える課題をデータで解決していくことを目的としたベンチャー企業です。ミッションは『衛星データと地上データを活用し、地球上に暮らす人類の営みを最適化する』こと。衛星データは皆さんが想像されるとおりの、衛星から取得できるデータ。地上データというのはGIS(地理情報システム)と呼ばれるもののことですね。この二つのデータの連携を効率的に設計し、可視化しています。ただ、可視化したところで農業の現場で使われないのでは意味がありませんよね。そのため、誰でも使えるアプリケーション形式でサービスを提供しています。農業は日本だけではなく、世界中で行われているものですから、グローバルで展開していくことが一つの目標になっています。

――実際にインド法人を立ち上げていらっしゃいますよね。サグリの他にも日本にはいくつかのアグリテックベンチャー企業がありますが、その多くが国内をターゲットにしたものだと思います。グローバルな視点を最初から掲げているのは珍しいのではないでしょうか。

坪井:サグリの前に宇宙教育を目的とした事業を行っていたのですが、その一環でルワンダを訪れたんですね。当時の私は教育を通して、子どもたちの人生を変えられると思っていました。ところが、いざルワンダで授業をしてみると、親の農業を手伝わなければいけないから思うとおりに勉強出来ない、それどころか満足に食事もとれない子たちがいるという、教育だけでは解決できない現実を目の当たりにしたわけです。どうしてそうなったか原因を探ってみると、アナログで効率的でない農業経営を行っていて、所得が増えにくいという状況が見えてきました。農業を効率化することが出来れば、こうした格差をなくせる。そう信じて、サグリを立ち上げたんです。

――そもそものスタート地点からして、グローバルなものだったというわけですね。現在、様々なサービスを立ち上げられていますが、サグリ立ち上げ時と同じように課題は実地で見つけられているのでしょうか?

坪井:これは農業に限ったことではありませんが、国の状況や政治・宗教、そもそもの立地状況で、現場の状況は大きく変化します。ですから現場で起きている事象と、現場に関わる人たちに向き合うことが非常に重要だと思っています。その上で、どんな解決方法が最適なのか思考実験を行っています。衛星データの活用ではなく、IoTの方が適しているかもしれないし、それこそスマートフォンで解決できるのかもしれない。日本ではこういう仕組みがあると効率化出来るけれども、それを応用することは出来るだろうか。こんな風に試行錯誤しながら提案しています。サービスの開発側の理想が、現場の理想であることは稀だと思っているので、現場での課題発掘と相手との対話が欠かせないと考えています。そして忘れていけないのが、そのサービス自体が持続可能なものであるか、ということです。莫大なお金がかかってしまって、現場で使えなくなることは避けなければいけません。すべての要素を鑑みた上での最適解を求めるようにしています。

キャプション:広島県尾道市で使用されたACTABAの実機画面。耕作放棄地が赤く塗られている。

坪井:たとえば、衛星データは陽が当たって、そこから反射される波を捉えるセンサーを積んでいます。その反射された波の情報が1枚の画像になってアウトプットされるのですが、中にはたくさんの情報が詰まっているんですね。我々はそれを解析し、複数の波長データを組み合わせることで、特徴を抽出します。土壌の状態がどうなっているのかですとか、pH(ペーハー)がどうなのかとか、目に見えないデータを蓄積していく。それが積み重なってくると、機械学習によってベースとなるモデルが生まれてきます。その裏側には、機械学習の精度を向上させるための技術や、抽出したものを簡単に見せるためのアプリケーションのコーディングがあります。ですが、そうした技術の高さやコードの美しさをいくら語ったところで、農業の現場の方々には関係のない話ですよね。私の仕事はこのギャップを埋めるという側面もあります。

グローバル化のポイントは、「理解したつもり」にならないこと

――お話を聞いていると、優秀なエンジニアを抱えている印象を受けます。人材確保はどのように行っているのでしょうか?

坪井:事業を開始したタイミングから、多くの人材を確保できていたわけではないんです。私には明確なビジョンがありましたが、資金もないし農業に対する造詣も深くはなかった。技術的にどうすればいいかは、尚更わからない。創業メンバーのエンジニアは私とは逆に、能力は高いもののそれをどう活かすべきかというビジョンがなかった。つまり、互いに自分の足りないものを持っていた訳ですね。意気投合したあとは少しずつ事業を形にしていきました。サービスの輪郭が固まり、私自身の解像度も高くなってくると、外から見ても「こういう事業をやっている会社なんだ」というのが見えるようになります。おかげさまでグローバルに採用できる状態になりましたが、まだまだ求める規模には達していません。徐々にチームを大きくしている状況です。

――今年からはアフリカ法人も新たに立ち上げられ、グローバル展開を加速されていますね。言葉や文化が障壁になることもあるかと思うのですが、グローバル展開を進めるにあたって意識しているポイントはありますか?

坪井:どんなに頑張って理解をしようとしても、理解できない部分があるということを前提しています。あくまで外部の人間として一定の距離を置きつつも、「何か提供できるものはありませんか」と現場に入っていく。そうすると、向こうも受け入れてくれる姿勢になるんです。色々な現場を見てきているので、農業の現場が抱える共通の課題を把握しているのも強みですね。手探りではなく、ある程度あたりをつけた状態での提案が出来るからです。もちろん最初から完璧な提案にはならないのですが、そこをベースに議論していく内に「一緒にやっていこう」となっていくんですね。あとは、意外と地味なのですが、コミュニケーションをどのツールで行うのが最適なのかを見極めること。フランクなやり取りなのか、日本のような商慣習なのか。メールベースがいいのか、MTGベースがいいのか、などです。日本のスタイルを押し付けるのではなく、その国に合わせるということですね。営業的な考え方に似ているのかもしれません。

格差のないフラットな世界を作るためにできること

――ありがとうございます。海外ではアグリビジネスという言葉があるように、1つの企業が農業を取り仕切っているケースもありますよね。企業だからこその意思決定の長さなどの弊害はありつつも、いざ新しい技術を導入するとなると一気に進んでいくような印象があります。日本と海外の農業を取り巻く環境の違いについてお聞かせいただけますか?

坪井:まず、日本の農家は個人経営が多くの割合を占めています。規模はまちまちなのですが、北海道以外の土地では大規模な農業はあまりないといって差支えはないかと思います。一方で政府が補助金を出して推進しているスマート農業はスケールが大きく、個人経営の農家にはなかなかフィットしない 。アメリカや欧州とは前提条件 が違う中で、どこまでスマート化していくべきなのかという議論がなされている状況ではないでしょうか。ただ、国を問わず農業の機械化・効率化は進んでいくと思います。例えば、ケニヤやナイジェリアだと、トラクターのシェアリングサービスが伸びているんですね。高額な農業機械を自分のところに抱えるリスクを減らせますし、補助金の制度が整っていないと購入することすらできない。そんな状況に上手くはまっていて、良い動きだなと思って見ています。あと、先ほど言われたように海外ではオーナーが農家を仕切っているケースがあります。資金がありますから機械や技術の導入は進みやすい。一方で、農業に従事する方々に満足な賃金が支払われているのかという問題が潜んでいます。近代化・効率化という側面では海外のような法人化は必要ですが、この格差問題は気になるところですね。もっとフラットな社会になるべきだと思います。

――そうした格差をなくすためにも、サグリは誰でも使えるサービスを提供しているということですよね。

坪井:2030年までに1億人の農家にサービスを届けるという目標がありまして、達成できる手応えはあります。ただ、重要なのはサービスを使うことで、生活水準が上がるかどうかです。所得を上げるために地形データから与信のための情報を作成し、マイクロファイナンスを受けられる仕組みも構想しています。サグリのサービスを通して正しく土地を運用し、その土地の価値を元に融資を受ける。そんな循環構造を作っていければと考えています。そのためには、エンジニアの協力が欠かせません。これはあくまで個人的な考えなのですが、エンジニアリングという技能は誰もが持てるわけではない、希少性の高い技能です。資本主義的に自分の能力をお金で推し測っていくと、経済的には豊かになるかもしれません。ですがこの先、地球が今よりもひどい状況になるという可能性を忘れないで欲しいんです。子孫に残すのはお金だけでいいのか、と。家族や自分を取りまく環境をより良くするために、その能力を発揮する道もあるのだと、考えてみて欲しいですね。

――ありがとうございます。今後、そうした社会的な意義が仕事の中心にくるようになると素敵ですね。最後に、ご自身を「色」で表現するとしたら何色になるのか。お聞かせいただけますでしょうか?

坪井:空色…ですかね。私が携わっている農業だけではなく、戦争や環境問題など、地球には色々な課題がある訳です。誰かが得をしている陰では、別の誰かが損をしているかもしれない。でも物事を俯瞰せずに、見たい景色だけを見ていると、色々なものを見落として歪みが生まれてきますよね。それが現代の在り方なのかもしれませんが、もっとフラットになって欲しい。そういう意味での空色です。私が死ぬ瞬間に、雲一つないような透き通った空色を見ていたいんです。だから、心を曇らせる薄暗くもやもやするものを無くしてきたい。そんな生き方を続けていきたいと思います。

坪井俊輔
横浜国立大学理工学部機械工学・材料系学科を卒業。2018年にサグリを創業。サグリ創業以前は民間初、宇宙教育ベンチャーの株式会社うちゅうの創業及び代表取締役CEOを務める。MIT テクノロジーレビュー 未来を創る35歳未満のイノベーターの1人に選出。農林水産省 「デジタル地図を用いた農地情報の管理に関する検討会」 委員。情報経営イノベーション専門職大学 客員教授。DMMアカデミー1期生。ソフトバンクアカデミア13期生。Forbes JAPAN誌の発表した「世界を変える30歳未満30人の日本人」 Forbes JAPAN 30 UNDER 30 JAPAN 2022のソーシャルインパクト部門選出。

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